2014年10月22日水曜日

オダインの副作用

薬をカソデックスからオダインに変えて1ヵ月過ぎた。
オダインは肝障害を起こすリスクがあるので、毎月肝機能検査をしなければならないと説明を聞いていた。

今月の受診で、肝臓の数値(ATS、ALT、LDH)は正常だった。安心して酒を飲める、とつぶやくと先生は笑っていた。

前立腺マーカーのPSA値は9.27(前回は10.45)とごく少量だが下がっていた。オダインはじわじわと効く薬だとのこと。上限値(4.0)を超えてはいるが、最初に900くらいを経験しているから、これくらいなら正常値だと思えて気にならない。

PSAが大きく上昇しない限りオダインは続くのだが、これが効かなくなると次はエストラサイト、それが効かなくなるとイクスタンジ、それも効かなくなると抗がん剤治療となるようだが、11月中ごろには抗がん剤治療に代わる飲み薬も出ると聞いた。

どんな薬でも構わないが、動けなくなって寝込んでまで延命したいとは思わない。抗がん剤拒否のの選択肢もありますかと問うと、抗がん剤治療を受けない人が70%くらいいるとのことだった。

そうだよなぁ~、、完治の見込み無いのに抗がん剤で苦しみながら延命したって、楽しい日々を過ごせないなら治療拒否だってありだよなぁ、、、。

2014年10月20日月曜日

公開講座「がんへの挑戦」

10月19日(日)13:30~京都大学医学部の市民公開講座「がんへの挑戦」を受講してきました。


◆13:55~ミニレクチャー
「あたらしい薬ができるまで ~データはどうやって集められ分析されるの?~」
◆13:50~ 講演1
「世界が注目!卵巣癌に対する革新的治療法の開発」
◆14:20~ 講演2
「ここまできたがんの診断と治療 ~切らずに治す~」
そして10分の休憩後にパネルディスカッションがあったが、用事があり休憩時に退出した。

前立腺がんに直接つながる話はなかったが、癌治療の研究や薬の開発、治療機器の進歩などの知識は得られた。

まぁ、癌を患っていても、しつこく生きようと努力すれば、日進月歩で副作用の少ない新薬や治療技術の恩恵を受けられて余命が引き延ばせるということだが、どこまでその恩恵を受けられるかは神のみぞ知ることだから期待しても仕方がない。

癌の予防方法は無いとのこと、だから早期発見が唯一の防御のようです。最近のニュースで血液検査だけでほとんどの癌が見つかる研究が確立されつつあると報道していましたが、検査に行かなければその恩恵にはあずかりませんね。

2014年10月12日日曜日

またたび酒の試飲

9月に漬けたまたたび酒に、一か月もたたないのに手を付けてしまった。

二年前に漬けたまたたび酒もまだあるのだが、何度も焼酎を継ぎ足して飲んでいる。それがなくなったので「漬かり具合の味見をしなければ」との理由をつけて飲んでみた。すでに琥珀色に漬かっている。いい色だ。


今回漬けたレシピは、

またたびの実(虫エイ) 1キログラム
25度焼酎 4リットル
グラニュー糖 200グラム

グラスはドイツ・ヴュルツブルグのお城でお土産に買って持ち帰った、お気に入りのグラスだ。

味は、漢方薬の実らしく薬くさい。甘みが感じられないのでグラニュー糖をもう100グラム追加してみよう。

養命酒も過去飲んだことがあるが、薬用だから一口グラスで寝る前に1杯づつ飲むべきものを、守れずに何杯でもお変わりして飲んでしまうから薬にならなかった。

またたび酒も薬としてじっくり漬かるのを待つべきなのに、いやしく手を付けてしまうのだから薬用にはならない。単なるアル中飲料だ。

なくなればまた焼酎を注ぎ足せばいいさ。何回継ぎ足しができるだろうか。

2014年10月6日月曜日

御嶽山の噴火

御嶽山にはこれまで2回登ったことがある。

1回目はずいぶん前だが、南側の登山口から登り、北側の濁河温泉に下山した。紅葉の時期ではなかったから7月頃だったと思う。天気に恵まれて、頂上の神社や広大なカルデラにできた湖の色、ご来光を堪能できた。

2回目は2年前の2012年5月の連休に濁河温泉から登ったのだが、この時期の3千メートル級の山はまだ雪山である。荒天で強風にあい、冬季避難小屋で缶詰めになり二晩を過ごして下山した。

そんな経験から身近に感じられる御嶽山が、9月27日土曜日の正午前にが突然噴火した映像は、想像できない出来事だった。

もし紅葉の時期でなければ、
もし土曜日でなく平日であれば、
もし天候が悪く荒天であったなら、

運が良かったから助かった、
運が悪かったから助からなかった、

その運の良しあしを決めるのは誰なんだろうと、御嶽山の噴火に限らず自然災害や大事故の報道を聞くたびにいつも思う。紙一重の差で生死が分かれる不可思議さ。

「行ってきま~す」と元気に家を出て、帰ってきたときには棺に収まっていた、という悲劇を思うとき、癌という病気はありがたいと思う。

人は遅かれ早かれいずれ死ぬことはきまっているが、その死期は決められない。
でも癌は近い将来の予測ができるから、自身の後始末や家族と終末を過ごす道筋ができる。

なんでも前向きに考えれば、元気に動けるうちは癌なんてさして気にせず過ごせるものだ。