御嶽山にはこれまで2回登ったことがある。
1回目はずいぶん前だが、南側の登山口から登り、北側の濁河温泉に下山した。紅葉の時期ではなかったから7月頃だったと思う。天気に恵まれて、頂上の神社や広大なカルデラにできた湖の色、ご来光を堪能できた。
2回目は2年前の2012年5月の連休に濁河温泉から登ったのだが、この時期の3千メートル級の山はまだ雪山である。荒天で強風にあい、冬季避難小屋で缶詰めになり二晩を過ごして下山した。
そんな経験から身近に感じられる御嶽山が、9月27日土曜日の正午前にが突然噴火した映像は、想像できない出来事だった。
もし紅葉の時期でなければ、
もし土曜日でなく平日であれば、
もし天候が悪く荒天であったなら、
運が良かったから助かった、
運が悪かったから助からなかった、
その運の良しあしを決めるのは誰なんだろうと、御嶽山の噴火に限らず自然災害や大事故の報道を聞くたびにいつも思う。紙一重の差で生死が分かれる不可思議さ。
「行ってきま~す」と元気に家を出て、帰ってきたときには棺に収まっていた、という悲劇を思うとき、癌という病気はありがたいと思う。
人は遅かれ早かれいずれ死ぬことはきまっているが、その死期は決められない。
でも癌は近い将来の予測ができるから、自身の後始末や家族と終末を過ごす道筋ができる。
なんでも前向きに考えれば、元気に動けるうちは癌なんてさして気にせず過ごせるものだ。