2014年9月26日金曜日

レコードの処分

レコードを買取店に持ち込んで処分した。
段ボールのみかん箱3個の量だった。

車に積み込んだり降ろして運び込むには、腰への負担が心配でなかなか行けなかったのだが、箱に詰めて持ち上げてみると、かがみこんで持ち上げるときに痛みを感じるものの、持ち上げてから歩くにはなんとかなりそうなので、意を決して処分に臨んだ。

クラシック系のレコードが主なので、安いのは承知していたが、5千円との見積もりにあっさりと納得して手放した。ジャズやロックが好きで買い集めていたら、あるいは数万円になったかも。

昨年の春ころ、レコードプレィヤーを買った。
前世のプレイヤーはターンテーブルのゴムが切れていてすでに捨ててしまっていたが、CDに起こしたくなったので買う気になったのだ。ネットで探してみると、まだ生産されていることに少し驚いた。そしてPC対応のUSB端子まであるのだ。


プレイヤーを買ったときはまだ元気で癌なんて他人ごとだったから、これからぼちぼちとCDに起こしてから処分すればよいと思っていた。しかしそういう状況ではなくなった。

また、レコードをかけて録音しCDにしていくなかで、ノイズや音飛びやのデメリットの処理の煩雑さ、レーベル面やケースのプリントデザインなどをこなしているうちに、もういいや、という気になってくる。

そう思いながら残ったレコードを眺めていると、はたして残して聴きたい価値のある録音か?と裏向きになってくる。

そして、この先短い人生が現実になった今、こんなの無駄だなぁ~、と思い直した結果の見切り処分となった次第です。

今年の3月までしか余命がないと勝手に思っていたので、それまでに自分の過去のものはほとんど処分して身軽になってはいるものの、まだ残してあの世へ旅立つと家族に迷惑がられるものはあると思う。

予定に反して生き延びているので、思いついたらぼちぼちと処分するつもりだ。

が、勝手に処分して妻が激怒することこれまで多々ありで、処分した後の妻の顔色をうかがう日々が数日続くのだが。

2014年9月21日日曜日

カソデックスからオダインへ

最初から服用していたカソデックスが効かなくなったので、今回からオダインに変えますと告げられた。
カソデックス錠80mg → http://www.astrazeneca.co.jp/media/pressrelease/Article/20130820
オダイン錠125mg → http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ph/GUI/530191_4291005F1057_1_06G.pdf

内服薬のカソデックスと注射のゾラデックス3.6mgデポの効力のお蔭か、5月のPSA値が0.95まで順調に下がっていた。しかし6月になって1.30に上昇したので、次回からの数値をみて上昇が続くようなら薬が効かなくなったと判断して、薬を変えますと告げられていた。

7月2.08、8月6.18とゆるやかだが上昇が続いた。8月の受診時に、カソデックスも注射のゾラデックスも今回はいったん中止する、薬を止めるとPSA値が下がる場合もあるので次回の受診で判断する、とのことだった。しかし9月も下がらずPSA値は10.45まで上昇した。

よって、オダイン錠125mgに変更となったのです。

これまで、内服薬として、カソデックス錠 80mgのほかにデノタスチュアブル配合錠も服用してきた。注射もゾラデックス3.6mgデポのほかにもう一本、ランマーク皮下注120mgも打っている。

ランマーク皮下注120mgの注射は継続するが、ゾラデックス3.6mgデポの注射は今後も中止となったのは嬉しかった。注射は嫌いだ!

院外薬局でオダイン錠を受け取った。
思わず「妖しい色の薬だな」と言ってしまった。
薬局のおばさんは「光で薬が変化しないためですよ」と説明してくれた。

錠剤を取り出すと、色のつかない普通の白い錠剤だった。妖しい色はパッケージだけのようだ。

2014年9月19日金曜日

またたび酒

またたびの実を取り寄せて「またたび酒」を漬けた。(購入先はこちら )
二年前にも買って漬けたのだが、昨年は時期を逃がして漬けていない。果実酒というより漢方酒としての期待で漬けている。

購入したまたたびの実は、花の開花時期に「虫」が寄生してカボチャ型になった「虫エイ」で、クール便で届いたらすぐに漬けないと、常温で放置すると虫が飛び交うはめになるので、一晩だけザルで干してすぐに漬けた。飛び交うことのできなかった虫たちは焼酎のエキスとなるのだ。


1ザル500gで合計1kgを漬けた

果実酒に使う焼酎はアルコール度数が35度のを使いますが、酒好きの私の場合はストレートで飲んでしまう(そのほうがおいしいから)。で、35度をお代わりしながら飲むと、そのあとが大変なのは飲ん兵衛の方ならわかりますよね。

でもって、25度に落として少し上等の焼酎に漬けました。35度を飲むより体にはよいと思うのは勝手な理屈だとは分かってますが・・・

半年くらい漬けると飲み頃になるようですが、さて、その頃には

1、味わって楽しく飲んでいる
2、酒なんか飲める状態ではない
3、あの世にいて飲めない

のどれでしょうかねぇ。

2014年9月16日火曜日

病理検査

泌尿器科の初回の受診では、前日受診した消化器内科からの検査データやレントゲン写真がPCに送られていて、それを見ながら主治医の先生は前立腺がんの治療を「即始めます」といわれた。そして病理検査をしたいのですが、と言う。

病理検査とは何ですか?と聞くと、患部に針を差し込んで組織を採取して検査するとのこと。1日か2日の入院は必要になるとも。

「その検査結果によって診断や治療の方法が変わることはありますか?」と聞くと
「全く変わりません」との即答。転移済みの前立腺がんに疑いはないとの確信が感じ取れたので、「だったら無駄ですから受けません」と私も即答した。

針を刺さすと聞いただけで痛さを感じたし、結果のわかっていることにまで入院費や治療費を払うのは無駄なだけだと思ったからだ。

「ホルモン治療の注射をしてしまうと二度とこの検査はできませんがいいですか?」と追って聞かれたので、「かまいません」とも答えた。

後になって、この病理検査を受けなかったことのデメリットとメリットがあることを知ることとなった。

まずデメリットは、診断書が書けない、ということ。
たとえば、がん保険の支払い請求には医師の診断書が必要でしょうが、病理検査の結果がないと診断書はかけないようです。

幸い私はがん保険には入っていなかったので困りませんでしたが、もし入っていれば後悔したでしょうね。

で、メリットというと
「病理検査をしていないので、余命あとどれくらいとの予測ができない」と言われたので、「病理検査をしていたら予測できるのですか?」と問うと「できます」との返事。それを聞いて「よかった~検査してなくて」と思わず言ってしまった。

先生は”なんで?”という表情だったので、
「先のことなんかわからないほうがいいじゃないですか」と言うと、顔を真っ赤にして笑ったあと「そういう考えもあるのか」と妙な納得をされていた。

ということで、私の場合は先を気に掛けることなく、毎日を過ごしております。

2014年9月14日日曜日

愛宕山(あたごさん)

愛宕山に登ってきた。

これまでも年に10回ほどボッカトレーニングで登っていたのだが、昨年の秋からしばらく登れなかった。

前立腺がんで骨シンチ検査の画像を見て、腰骨の転移に愕然とし、もう二度と登れないとあきらめたものだが、治療薬が劇的に効いたおかげで数値が下がり、今年の4月に恐る恐る登ってみたら難なく登れた。よって、月一は登っている。

早朝8時20分ころから登りだしたのだが、久しぶりの晴天にもかかわらず人は少なかった。連休なので遠出の旅行に出かけているのだろうか。

以前のトレーニング目的で登っていた時は愛宕神社に着いても参拝をすることはせず素通りが多かった。今は無事に登れたことの感謝で神殿に拝礼している。でも延命の命乞いをお願いしようという気は全く起きない。

毎回、登る前は無事に歩き通せるだろうかと不安を抱えながら、ころんで骨折しないよう無理をせずゆっくりと歩いている。下山は月の輪寺(つきのわでら)経由がお決まりのルートになったが、下山では膝や腰骨へのショックを減らすためにブルストックを使用している。

下山して駐車場所に着いたのが12時半頃。休憩したのは登り1回と神社だけであとは歩き続けている。まだ元気で過ごせそうだ。


10時18分撮影、本殿へ続く石段

2014年9月9日火曜日

骨シンチ検査

診察2回目の1月に骨の転移状態を調べるためIR検査を受けました。
これは、ごく微量の放射線を出す性質を持った薬品(RI薬品)を注射してから専用のレントゲン器機で撮影するのです。

結果を診察室のPCモニターで見せられました。
癌が転移していれば黒く映ります。
骨盤は真っ黒でした。腰椎の一部と鎖骨も黒く映っていました。


(ピンク色の箇所が黒く映っていた)

昨秋、痛みで苦しんでいた個所と合致します。
主治医は「これでよく痛みに耐えられましたね」といいました。
単なる腰痛でそのうち治ると思っていたから辛抱できたので、癌が原因だとわかっていたら辛抱なんかするもんか!

もしこの時に病院に駆け込んでいたら、即入院だったかもしれません。
幸か不幸か、放置して痛みが減少してからの受診だったゆえ、入院もせず最初から一日一回の飲み薬と月一回の注射で毎日を過ごすことができています。

2014年9月8日月曜日

前立腺の腫瘍マーカー値

振り返れば昨年の9月頃(2013年)から自覚症状が出ていたことになる。

癌は自覚症状を感じた時にはすでに進行しているようだから、この段階で診察を受けていれば、あるいは転移してなかったかもしれないが、人生は「あの時ああしていれば」と考えられること一杯で成り立っているのだから、過去を云々言っても仕方のないことだ。

4週(28日)ごとの診察で手渡される検査値表をExcelに入力して眺めてみると、自分の日々の体調と癌の状態が推測できそうで面白い。前立腺腫瘍マーカーのPSA値と骨転移のALP値の推移を記してみよう。


検査日PSA(前立腺)ALP(骨)
2013/12月936.361157
2014/1月160.601920
2014/2月11.521404
2014/3月2.68693
2014/4月1.77424
2014/5月(1)1.16286
2014/5月(2)0.95232
2014/6月1.30209
2014/7月2.08205
2014/8月6.18245

※表の赤文字は、下限値-上限値の範囲を超えた値

PSAの下限値-上限値は 0.00-4.00
ALPの下限値-上限値は 104-338

と検査表に記してある。これは年齢によって変化する項目もあるようだから参考までに。

2014年9月4日木曜日

癌と診断されて

2013年9月ごろから腰のあたりに痛みを感じるようになった。

以前にぎっくり腰になった時、一晩で自力で動けるように回復させたことがある。その後何度か腰痛は経験していたので、そのたぐいだろうと養生しながら仕事をつづけ放置していた。

10月、11月とだんだん痛みはひどくなったが、3日サイクルで楽になったりしたので仕事もそれに合わせてこなしていた。12月に入って便秘が1週間ほど続いたので、消化器内科で受診したのだが、その時の血液検査の数値で、骨の数値が異常に高いのが気になる、との先生の見立てですぐに泌尿器科の受診をうながされ、翌日受診するとすでに転移済みの前立腺がんとのこと。

それから月一の診察で治療を続けている。