2016年11月19日土曜日

一時帰宅の予定が・・・

入院して2週間ほど経過するとまた体調も戻ってきた。食事も柔らかめのご飯が飲み込めるようになった。そろそろ退院に向けて一時帰宅を試してみようかと、注射による投薬を飲み薬にかえ、自宅で過ごせるよう切り替えて、1日それで様子を見て問題なければ1泊くらい帰宅する予定だった。でも急きょできなくなった。

翌日なぜかしんどくなって起き上がれなくなり、食事も起き上がるのがつらくて昼食も夕食もパスした。これでは外泊は無理と中止になり、投薬も前の方法に戻してもらった。採血をして血液検査の結果、ヘモグロビンの濃度が6.3と下がっていて貧血の症状かもしれない。また輸血をしてみますか、と問われる。

ヘモグロビンは前回の輸血のあとで6.7だった。これまでの輸血の経験で、7前後の数値であればめまいなどの貧血の症状は大丈夫だが、6近くや6を下回れば貧血の症状になると経験している。輸血も何回も繰り返せるものではない。副作用でカリウムの数値が上昇すると深刻な症状が起きる事も聞いている。今回を最後の輸血と決めてお願いすることにした。

そしてまた、苦しくてしんどい状況の中で最後の輸血にしようとおもったとき、重大な決意が浮かんだ。「もうこんなつらい思いをしながら耐え忍ぶのはやめにしよう」と。緩和ケアの最後のプロセス”臨終へのプログラム”をお願いしてみようと。(”臨終へのプログラム”は私の勝手な名称付けです)

再び元気を取り戻して自宅で療養するために努力するのは止めよう。食べなければいけないと、いやいや食べていた食事、食事の時間が来るのが嫌だった。ふらつきながらしんどい思いで食べるのは止めよう。ジュース類など楽に流し込めるものならいつでも好きな時に口にできる。自宅での生活で少しでも動けるように、リハビリで歩くことをしましようね、と熱心に付き合ってくださっているリハビリの先生、気が向かなければはっきりとお断りしよう。排泄物の世話も看護師さんが親身になってお世話してくださる。申し訳ない気があり、できる範囲で自分でこなそうという気があったが、捨てよう、なんでも遠慮なく頼んでやってもらおう、など努力は捨てよう、と思い直したとき、ものすごく気が楽になった。
、、、
明け方まで”それって投げやりから来るのかな、しんどさの回避からくるのかな・・それはある・・正しいことなのかな、”、、、などなど自問してみるが、”今後努力したってささやかな延命にしかならない。それなら気持ちを切り替えて臨終目指して日々を過ごすほうが楽じゃないか、そうしよう”と決めた。

見回りに来られた看護師さんに、”こんな思いに至りましたので、担当医の先生に伝えてください”とお願いし話を聞いてもらった。先生は「医師として患者の寿命を短くしたり伸ばしたりする操作はできないが、尊厳は守ります」と答えてくださった。”尊厳は守ります”という言葉に嬉しさと安堵がわいてきた。

ということながら、さて具体的にどう変わるのかと問われれば、今まで通りの日々を過ごすだけ、です。ただしんどい思いの努力はしない、出来ないことは遠慮なく看護師さんに甘えて従う、だけです。そういった日々の中で、たった一つの願いは、悪化していくことによる痛みや苦しみに対処していただいて、日々安らかに送らせてほしい、そのことだけです。

改めて担当医の先生と妻とも病室で話し合ったし、兄や妹にも大事な話がある、と来てもらって伝えた。輸血のおかげで今は少し元気を取り戻している。これから臨終へのプログラムがどう出来上がっていくのか、興味があります。